じゅり(34)
それだけがいいけど、それだけじゃだめで
じゅりはよく
「立っている場所によって見える景色が違う」
と自分に言って聞かせます( ˘ω˘)
まず前提として、自分と他者との間には考え方や捉え方の違いがあり、自分と相手のそれが同じでなくても、それを強く否定するべきではない。という考え方があります。
でも人間ですから、自分の考え方に軍配が上がって欲しい気持ちはあります。
そこまでフラットに考えられる人間ではない( ˘ω˘)
あと、もう一つ、相手の見ている景色が違うものであるという認識はあれど、その景色までは想像が及ばない。
じゅりは不出来な人間ですので、相手の気持ちになって考えるということがかなり欠落しています。
若い頃は、じゅりという、偏屈だけどなんかちょっとおもろい感じの自分を受け入れてくれる人だけを篩にかけて生きてきました。
自分の景色を見てくれる人だけを選んでいた。
それでよかった、生きやすかった。
でも、こんな自分を受け入れてでもそばにいようとしてくれている人を大切にできているのだろうか?と、考えました。
情は見返りを求めないだろう。
でも、それを無視したり、それを当たり前に感じたり、慢心したり、無碍に扱ったり。そんなことはしてはいけないんです。
相手が見返りを求めていない以上、とってつけたような見てくれだけのお返しはきっとすごく失礼になるとも思う。
相手が求めているとしたらそれは、見返りではなく私自身の心の返答なのではないか。
なんて考えを巡らせていたら、そもそも私を大切にしてくれている人たちのことを、私自身も大切に思っていることに気がつきました。
ところが、大切に思っていることと、相手が大切に思われていると実感することとはまた別の軸のお話なんですよね。
私は大切に思っている。それだけでいいと思っていた。でも、それだけじゃだめだった。
大切に思っていることを伝えることは、その相手によって方法も違って。
相手が見ている景色がたとえ見えなくても、その景色を想像するというプロセスを踏む。
それがとても大切なことなのだと思った、思い知らされた最近の数々の出来事。
「立ってる場所によって見える景色も違う。その上、同じ場所に立っていても見える景色はあらゆる要素で変化していく。」
それをわかって生きていける人間でありたい。
自分は、人として完成することを目的に生きるのではなく、驕ることなく、慢心することなく、人からたくさんのことを教えてもらって生きていきたい。
自分の立つ場所は自分で決める。
でも、景色が変わったことにはちゃんと気づきたい。
そして、自分の立っている場所が違うと気づいたなら、その時はちゃんと、次の場所を選びたい。
そうやって、周りの人に敬意を払いながら、少しずつ立つ場所を変えていける人間でありたい。
あさからメンヘラ長文おつかれ様って感じですね( ˘ω˘)
ほんま何の話ですか?
朝からメンヘラ長文かいちゃってるじゅりの出勤日は
本日
9/11(金曜日)
来週
9/14(月曜日)
9/15(火曜日)
9/18(金曜日)
全て9:3015:00完全退勤です!
HPは14:00までって書いてありますが15:00に家路につければ問題ないので、逆算して15:00までにバイバイできそうならぜひご予約ください( ˘ω˘)
ご予約については全てスタッフにお問い合わせくださいませ、じゅりはなんにもわかっていませんので
体感的に、基本70分か80分枠しか取れないけど最終枠はロング取れる、っていう印象あります!!
スタッフさんに聞いてみてください!
追伸
店長に「私、時間管理苦手じゃないですか」って相談したらすごい食い気味に「せやな!!!!!」って言われたの面白かったです。ほんまごめんなさい。時計苦手で。タイマーの計算はいつもお客様にしてもらっています( ˘ω˘)