出勤しました

新しい刺激的な出会い

嬉しい再会

があるといいなぁとワクワク
10~20時までお誘いお待ちしております

朝イチ、12時からご予約くださいましたお客様ありがとうございます☺️楽しみにしてますね
川島9月の遊びやってます
『Tの一族』

普段は基本的にフルバックですが
色々なTバックをお持ちしますのでと
ただそれだけなのではありすが
万が一ご希望がありましたら
お申し付けくださいませ
※勝手にやっているものなので受付で
のお申し出は不要です必ずしないというものではありませんので
ご安心下さい✨











関係のない長い話なのでスルー推奨
今日は『飴の日』だそうです
皆様は飴お好きですか?
私は日常的に携帯はしておりませんが
飴ならカンロ飴、黄金糖、黒飴、塩飴
が好きですね☺️
そんな今では普通に存在する飴ですが
昔は液体だったそうで
調味料としての役割、つまり、甘味料として使うことが多かったようです
『日本書紀』にはすでに「あめ」が登場していて
この「あめ」は水あめの事
「神武天皇が大和高尾で水無飴を作った」という記述が残されているんだとか
麦芽にはジアスターゼという酵素が多く含まれ、これが炭水化物に作用すると麦芽糖になり
でんぷんに酵素である麦芽を加えると、
もともと何の味も無いでんぷんから、甘い糖の溶液ができます。これをしぼって煮詰めると水あめができるそう

古代の人々は何らかのきっかけで、
この化学反応を発見し「水あめ」を作り出した
と考えられ
「あめ」という言葉の語源は
「あま味」「あま水」つまり「甘い」という言葉から来ているようです。
そして「水あめ」は貴重な甘味料、栄養源として人々の生活になくてはならないものに
平安時代の文献には「あめ」の記録が残っており、原料は米もやしだと伝えられていて
既に京の都では「あめ」を売っているお店があったようですが、この頃はやはり「水あめ」
お菓子ではなく、あくまでも調味料としての甘味だったようです。
室町時代には砂糖が輸入されるようになり
しかし一般庶民に手の届くものではなく
やはり甘味といえば日本書紀の頃と同じ製法で作った「水あめ」を使用。この時点でもまだ調味料
固形の飴が出回るようになったのは江戸時代
この頃になると砂糖も高級品ながら
あ一般社会とは無縁のものではなくなり、
それに伴い飴は完全にお菓子として扱われるようになったそう

飴売りという職業が登場し、奇抜な格好で歌いながら売り歩く飴売りは、子どもたちの人気者に
京都では菊一文字屋
大阪では秀吉も口にしたといわれる
平野あめなどの名店が生まれ、江戸に伝わると下りあめと呼ばれてブランド品になったとか
知らなかったです☺️